株式会社岩崎書店 事業創出部 元吉 崇夫(もとよし たかお)
DNPと作家とをつなぎ、完成までの総合プロデュースを担当。所属する岩崎書店は、DNPグループの丸善CHIホールディングスの特定子会社。絵本制作の実績を活かし、編集に加えて、文・絵の作家の選定や、取次※1との商談も担う。
©Expo 2025
【第3話】公式キャラクター絵本の企画・制作・製造
DNPは、万博の公式キャラクター・ミャクミャクを題材にした絵本『ミャクミャク ある日のおはなし』の企画・制作・製造を手掛けました。絵本の企画・制作におけるさまざまな工夫や想い、公式キャラクターを扱う難しさ、そして作家との共創による思いがけない化学反応などを、DNPとともに編集に携わった株式会社岩崎書店担当者、文・絵を担ったクリエイターのお二人、DNP担当者の計4名に伺いました。
プロフィール
株式会社岩崎書店 事業創出部 元吉 崇夫(もとよし たかお)
DNPと作家とをつなぎ、完成までの総合プロデュースを担当。所属する岩崎書店は、DNPグループの丸善CHIホールディングスの特定子会社。絵本制作の実績を活かし、編集に加えて、文・絵の作家の選定や、取次※1との商談も担う。
せき ちさと
ストーリー作家。絵本『シナモントラベルえほん』シリーズや小説『すみっコぐらし ストーリーズ』(いずれも小学館)、絵本『ちびちびうさまる』、『うさまるマート』、『もちばけ』、『んふんふ なめこ絵本』シリーズ(いずれも岩崎書店)などを手掛ける。今回の絵本でもキャラクターの個性を大切にした物語を創作。
さとう もぐも
イラストレーター・デザイナー。絵本『スターマン☆ランド~おなかのおおきな王子さま~』(岩崎書店)などを手掛ける。今回の絵本では作画を担当。キャラクターの本質を活かしながら、あたたかみのある絵でミャクミャクの新たな魅力を創出した。
大日本印刷株式会社 出版イノベーション事業部 池田 理紗(いけだ りさ)
大阪・関西万博公式キャラクターえほん「ミャクミャク ある日のおはなし」の企画・制作を担当。岩崎書店とともに「絵本」のコンセプトを構築し、コンテンツ制作の全体進行を統括。
出版社・書店間で書籍の流通を担う事業者。
――はじめに、DNPが「大阪・関西万博公式キャラクターえほん」を発行することになった経緯を教えてください。
当社は通常、年間計画に基づいて出版物の制作を進めていますが、本件は話があった2024年5月の時点で、翌年2月には刊行したいという依頼でした。当初の予定にはなかった短期間での制作対応が求められる案件でしたが、万博を支えるまたとない事業であり、とても意義深いと考え、全社を挙げて調整・対応しました。このような形で万博に参画でき、チーム一丸となって取り組めたことをとてもうれしく思っています。
デジタル絵本を除く。
アート・マンガ・キャラクター・ブランド・デザインなど、人間の知的活動で生み出されるアイデアや創作物など、財産的な価値を持つもの、またはその権利。
――DNPが初めて発行元となる絵本制作の挑戦。どのように立ち上げ、制作を進めたのでしょう?
まずは、絵本のコンセプトづくりからですね。ミャクミャクは、決定当初(2022年3月)は青と赤のビビッドな配色や、これまでにない印象的なフォルムなどに対して、さまざまな反響があったことは確かです。だからこそ、もっと親しみを持ってもらえるよう、子どもだけでなく大人も読んでワクワクするような一冊を目指しました。ミャクミャクの新たな一面を知ることで「ミャクミャクを好きになる、応援したくなる」ことをコンセプトとしました。ただ、本当に難しかったのはここからです。このコンセプトを絵本として仕上げるために、知見のある岩崎書店さんの力をお借りしました。
絵本に命を吹き込むのは、文と絵です。それぞれの制作を担当する作家さんとして、ミャクミャクというキャラクターの魅力を優しく奥行きのある形で表現してくださる方にお願いしたいと考えました。ストーリー作家のせきさん、イラストレーターのさとうさんは、まさにそれにぴったりの方々です。
当社では絵本の制作において、「読後に心が動くこと」「もう一度読んでみたいと思える余白があること」をモットーとしています。だからこそ、今回は既存のキャラクターを前提にした絵本ではあるものの、「物語としての力」「読み物としての魅力」を損なわないよう、編集・作家・関係者の皆さまと丁寧に対話することを大切にして、完成を目指しました。
――本作のストーリーやイラストは、関係者の対話の積み重ねが形になったものなのですね。
はい、そのとおりです。DNP自身が発行する絵本の企画・制作は初めてで、手探りのスタートでしたから、私たち自身がこだわりたい点やどのようにしたいかなどをこちらが伝えるだけではなく、絵本づくりのプロである皆さんのご意見をお聞きしながら作り上げていける場は本当にありがたいものでした。何度も話し合いを重ねてお互いに言語化することで、全員の共通認識として昇華できたと感じています。
私たちが大切にしたのは、絵本にミャクミャクの体温や感情、ともに生きる存在としての手触り感などを盛り込むこと。読者が自分自身や身の回りの人・物と重なる部分を感じることで、気持ちが動かされるような物語にしたい、と考えたんです。度重なる対話の中で要望に応えてくださった作家のお二人や岩崎書店さんの誠実で熱い取り組みのおかげで、少しずつ形になっていきました。
皆さんとの対話で出てきたたくさんのヒントやアイデアを物語に落とし込むにはどうしたらいいか?それが私に課せられた役割でした。人の心を動かす物語には、苦労話や感動体験といったようなものがありますが、ミャクミャクというキャラクターにはそういった展開が似合わないと思ったんです。悩んだ末にひらめいたのは、キャラクター名でもある「ミャクミャク」という言葉です。「ミャクミャク」=「脈々と続く、つながる」。そこから連想して、昔話「わらしべ長者」のようにミャクミャクがただ歩いていくことで何かがつながっていく、という物語の軸が生まれました。
ミャクミャクの何気ない優しさや健気さといった行動から出合いつながり、大切なものにたどり着く――。いわば人生にも似た物語です。物語の中には、「いのちの脈」「時空を超える脈」「絵本としての脈」など、たくさんの「ミャクミャク」が散りばめられています。
絵づくりにおいても、単に物語を描くだけでなく、「脈々と続く、つながる」を意識しました。絵を眺めるだけでもたくさんの「ミャクミャク」が感じられるよう、いろいろな仕掛けを盛り込んでいます。
万博の公式キャラクター絵本ということで、地元・大阪や日本にまつわるものもたくさん描いています。「どうしてここにはこれが描かれているの?」――ぜひそんなふうに探してみてください。例えば、ミャクミャクと誰かが出合ったそのページの端には……。その先は読んでのお楽しみに(笑)。繰り返し読めば読むほど、そのたびに新たな発見があると思います。
――「ミャクミャクを題材にして制作する」ことの難しさはどんなところにありましたか?
ミャクミャクは、万博の公式キャラクターとして設定されていますが、その設定以外は未知の部分があります。この未知の部分が物語の展開に大きく関わってくるので、まずはどう肉付けしていくかを考えていきました。「そもそも、世の中にはしゃべることがNGのキャラクターもいるけど、ミャクミャクにはセリフを言わせていいのだろうか?」という素朴な疑問からスタートしたんです(笑)。
皆さんと対話を重ねながら、ミャクミャクの「人懐っこいが、おっちょこちょい」という設定上の性格に加え、「親しみやすさ」を織り交ぜ、身近で愛すべき存在となるよう、試行錯誤しながら構築していきました。
絵も同じですね。すでに完成されているキャラクターを描くので、「誰が見てもミャクミャクであることは損なわないこと」が大前提で、かつ「親近感を感じてもらえる絵を描くこと」が不可欠です。変えてはいけない部分と、変えても大丈夫という部分を池田さんに相談しながら制作しました。
例えば、顔まわりのモコモコした部分は公式のデザインを大切にしながら、目と口の位置を少しだけ近づけて童顔の印象にするなど、細かいアレンジを加えました。また、せきさんの心温まる文章に寄り添えるよう、普段のミャクミャクよりも淡い色合いを意識したり、読み聞かせの場面でも絵が見えやすいように太めの線を使ったりするなど、さまざまな工夫を凝らしています。
――完成した絵本は万博会場の中と外で販売されたり、イベントで使用されたりしています。実際に読者からは、どのような感想や反響が寄せられていますか?
万博会場でのイベントでこの本の読み聞かせを行った際は、子どもたちから「もう1回読んで!」の声が次から次へとあがりました。その声に応えてもう1回読んでみると、「あそこに〇〇が描いてある!」「なるほど!だからこうなったんだ!」「あれは何だろう?」とどんどん対話が膨らんでいき、読み聞かせ会がまるで座談会のようになっていました。想像以上の盛り上がりで、うれしさがこみ上げました。
DNPは、子どもの頃の読書体験が思考力や感受性を育み、将来を生き抜く力につながると考え、本や読書に触れる機会の創出に取り組んでいます。今回の絵本は、まさにそれを具現化したものでした。読むほどに「発見」と「対話」を生む仕掛けがあり、気づいた人だけの物語へと発展し、子どもたちの心をより豊かにしていく。せきさんとさとうさんが丹念につくり上げ、たくさんの工夫を散りばめてくださったおかげだと感じました。
絵本は、大人と子どもが気持ちや発見を共有できるツールでもあります。文や絵に込めた想いが対話のきっかけになるようにとの視点は、岩崎書店が絵本づくりに向き合う中で常に意識しているポイントです。本作では、関係者のチームが一丸となって、物語や構成、色使いなど、すべての要素に「対話の種」を盛り込むことができました。その成果が、読者の皆さんの反応に現れていると感じます。DNPとの連携が奏功し、2025MLOとの調整も円滑に進めることができました。この点につきましても、非常に有意義な成果であったと感じています。
――今後、絵本を企画・制作するとしたら、どのようなことに挑戦したいですか?
今回、絵本の企画・制作の過程において、各社の強みを掛け合わせて相乗効果を生み出したり、新たな発見があったりと、協業で取り組んだからこそ多様な発展性を備えた絵本になったと感じます。これからも、積極的に新しい分野の共創にチャレンジしていきます。
大阪・関西万博 公式キャラクターえほん「ミャクミャク ある日のおはなし」
2025大阪・関西万博公式ライセンス商品
2025年2月28日 第1刷発行
文:せきちさと 絵:さとうもぐも
監修:2025大阪・関西万博マスターライセンスオフィス
発行元:大日本印刷株式会社
発売所:岩崎書店
※大阪・関西万博の「公式キャラクターえほん」として、会場内のオフィシャルストアをはじめ、会場外も含めた全国書店で販売。
あらすじ:ミャクミャクは、ある朝起きていつものように花や木にあいさつ。郵便ポストをみると、からっぽ!冷蔵庫も、からっぽ!そこで、食べ物を探しに歩きはじめると、たくさんのどんぐりにつまずいて転んでしまいます。ミャクミャクがどんぐりを拾っていると、ねずみのかぞくが現れて……。
万博関連のIP(Intellectual Property:知的財産)※3の管理団体である2025大阪・関西万博マスターライセンスオフィス(以下、2025MLO)から、「万博の開幕に向けて、ミャクミャクを世界中の人から愛されるキャラクターにしたい」と相談を受けたことが始まりです。万博に深く関わってきたDNPには、このテーマに取り組むべき使命があると感じました。
これまでDNPは、出版社が企画した作品を制作・印刷することが多く、企画から携わるプロジェクトは今回が初めてに近いと思います。でも、絵本の制作に習熟した岩崎書店と、出版物を販売するDNPグループの丸善ジュンク堂書店等のDNPグループ各社の強みを掛け合わせれば、成し遂げられると考えたんです。